Hyou1 次週は、月曜早朝から出張で、『氷菓』の感想をタイムリーに書けなさそうなので、時間稼ぎというわけでもないですが、調子に乗っておまけ記事を再び書くことにしました。(なんだか記事が壊れていたので直しました5/3 1:00)

第1回目では、『氷菓』と日常ミステリって感じの切り口にしてみましたが、神酒原(みきはら)さんにご紹介いただいたためか、結構アクセスをいただきました。ありがとうございます。ちなみにその記事は、この辺り。

『氷菓』とミステリについて論じてみようかと

ということで、何について書こうかなと思っていたのですが、というか実は結構前からときどき感想記事本文で書いていることがあって、それをまとめて書きたいということもあって、この記事を書き始めたのでした。

ポイントは、アニメ版『氷菓』とミステリの表現の違いというか見せ方についてという感じでしょうかね。

ということで、行ってみます。

以下の内容は、あくまでも個人的な見解ですので、悪しからず。

■『氷菓』とは

前の特別感想記事でも書きましたが、『氷菓』は「日常の謎系」のミステリというジャンルになります。これがこのアニメを見るポイントになりますので、これを前提にさせてください。ここがずれると後が続かなくなりますので。

■ミステリとは

さて、「ミステリ」、「ミステリ」と書いていますが、そもそもミステリとは何かということになります。ここからは、かなり自分の趣味趣向が入るのですが、ミステリとは「魅力的な謎」が提示されるエンターテイメント分野だと考えています。

つまり、冒頭で「魅力的な」謎が提示されれば、結構何でもミステリと定義してよろしいということになります。これが広義な「ミステリ」のジャンル付けだと考えています。

しかし、自分が好きなミステリの形態は、その中でも「本格ミステリ」というジャンルになります。これが何かと問われるなら、これも人それぞれの定義があると思いますが、「魅力的な謎」が「論理的に解かれること」だと考えています。

つまり、冒頭に置かれた謎がスリルやアクションを交えながらその流れで解明すれば「サスペンス」や「ハードボイルド」物になりますし、警察の地道な捜査で解明されれば「警察」物になったりします。

論理的に解明するということで、種明かしをする人がいたほうが構成上盛り上がるということで、「本格ミステリ」には名探偵が多く登場したりすると考えています。

■ミステリと『氷菓』

で、『氷菓』のジャンルなのですが、日常の謎を論理的に解き明かす「本格ミステリ」だと考えています。

もちろん、謎の大小、論理的な部分の説得性など違いはありますが、形式美としては「本格」でしょう。

■「本格ミステリ」と視点

こういう形式を考えたときに、アニメではすぐに『名探偵コナン』を思い出すかもしれません。それで正解だとは思いますが、『氷菓』とはちょっと雰囲気が違いますよね。もちろん青春ミステリとしての重心の置き方などもあるのですが、一番の違いは視点かなと考えています。

小説の『氷菓』は、奉太郎の一人称視点で展開されます。コナンも基本は彼の視点が多いですが、それには拘っていません。というか多人称視点(?)です。ここがポイントかと思います。

「本格ミステリ」では、よく神の視点といわれる三人称の視点が使われます。これは小説でいう地の文に紛れをなくすための工夫です。例えば、神の視点で「その実は赤かった」と書かれれば間違いなく赤いのですが、一人称だとその人の印象や勘違いの可能性もあるので紛れが出るのです。論理的解明を目指すために、その紛れを排除するのが三人称視点もしくは「ワトソン」メソッドだったりするのです。

しかし、『氷菓』は名探偵である奉太郎の一人称で進行します。なので、基本彼が認知していないことは、読者にも認知できません。当然、奉太郎以外のモノローグも(基本は)出てきません。

※もちろん、本格ミステリにも例外があって、地の文に仕掛けがあったりするものもあります。先の例で行けば、「その実」が林檎だとミスリードさせて、実はトマトだったりするという感じでしょうか。アニメになったその最近の話題作が『Anther』(禁則事項)だったりします。

■視点とアニメと『氷菓』

回りくどくなりましたが、それがアニメ版の『氷菓』にどういう影響があるのかということです。
アニメでも奉太郎視点は変わりませんが、完全な彼視点にはできません。奉太郎の顔が見えなくなりますから当然ですよね。ならばどうするか。

Hyou2 例えば、第1話でいいますと、Aパートの用務員さん。小説ではすれ違いが書かれているだけなのですが、それをアニメでどう見せるか。奉太郎視点で用務員さんを描くと、わざとらしくなりますよね。工夫のしどころだったと思いますが、ここでは三人称の視点を使って、ギリギリわざとらしくならない範囲で描かれていたのではないでしょうか。

また、えるちゃんが聞いた音。小説では奉太郎が聞いていないので文章にする必要はありませんが、アニメだと奉太郎視点とはいえ全体も描写しなくてはいけないので、音を入れないとアンフェアだとも言えます。でも入れなかった。

後、第2話の図書カード。これは、逆に小説だとクラス分けなどをくどくどとやるとネタが割れやすくなりますが、アニメだと表現しやすいのでアニメ向きのエピソードとも言えます。奉太郎が見ているので堂々と描写できます。これもあったので、前回の感想では二話からの方がとも書きました。

■まとめ的なもの

こういうことを考えると、実は小説をそのままアニメにするには、「本格ミステリ」はあまり向いていないのではと考えてしまいます。
ただ、さすが京都アニメーションは、『氷菓』では、映像ではこの辺りを奉太郎視点と神の視点を使い分け、ストーリーを奉太郎視点で運びながら、うまく処理しているように思えます。

これは、恐らくですが『涼宮ハルヒの憂鬱』の「孤島症候群」でいろいろ試行したからではないでしょうか。「孤島症候群」は、原作もメタミステリの形式で、ミステリのフォーマットを使用した小品なんですが、アニメの方が原作よりもしっかりと本格ミステリしていました。しかも、キョン視点をうまく使っていましたし。(詳しくは、上記リンクから見てください。)

そして、奉太郎の心象風景。これは奉太郎視点だから許されるものですよね。本格ミステリで、奉太郎以外の心象風景を描写すると、それはアンフェアということになりますし。そういった「本格ミステリ」のジャンルとしての制約を逆手に採って、アニメとしての表現を高めているとも感じました。

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ということで、だらだらと書いてきましたが、こういう辺りを注目してみていただけると、違った楽しみ方もできるのでは?いかがでしょうか。

アニメ版『氷菓』の通常感想はここ

■アニメ特別感想はここ

『氷菓』とミステリについて論じてみようかと
『氷菓』とミステリについて論じてみようかと(その2)
『氷菓』とミ ステリについて論じてみようかと(その3)

■小説〈古典部〉シリーズの感想はここ

「氷菓」の感想はここ
「愚者のエン ドロール」の感想はここ
「クドリャフ カの順番」の感想はここ
「遠まわりする雛」の感想はここ
「ふたりの距離の概算」の感想はここ

■ちなみに〈小市民〉シリーズの感想はここ

「春 限定いちごタルト事件」の感想はここ
「夏 期限定トロピカルパフェ事件」の感想はここ
「秋期限定栗 きんとん事件〈上〉」の感想はここ
「秋期限定栗 きんとん事件〈下〉」の感想はここ